本物の名探偵
平塚八兵衛が追った事件

「悪魔が来りて笛を吹く」

「悪魔が来りて笛を吹く」は、推理作家・横溝正史による長編推理小説です。金田一耕助シリーズの中でも人気を得ている作品で、「帝銀事件」をモデルとした宝石店強盗事件が冒頭に描かれていることでも有名な作品です。

ストーリー

昭和22年9月28日、金田一耕助の元に、椿美禰子と名乗る女性が訪ねてきます。彼女はこの春世間を賑わせた天銀堂事件の容疑を掛けられた後に失踪し、4月14日に信州・霧ヶ峰でその遺体が発見された椿英輔元子爵の娘でした。美禰子が持参した椿氏の遺書には、「父はこれ以上の屈辱、不名誉に耐えていくことは出来ないのだ。由緒ある椿の家名も、これが暴露されると、泥沼のなかへ落ちてしまう。ああ、悪魔が来りて笛を吹く。」と書かれていました。美禰子は母・秋子が父らしい人物を目撃したと怯えていることから、父が本当に死んだのかどうか、明晩、砂占いを行うことになったことを説明した後、金田一にもその砂占いへの同席を依頼します。椿家に出向いた金田一は、家族とともに砂占いに出席しますが、途中で停電が発生します。電気が回復すると、どこからともなくフルートの演奏が聞こえてきました。その曲は、亡き椿子爵が作曲した「悪魔が来りて笛を吹く」でした。怯える一同に対し、レコードプレーヤーによる仕掛けであることを暴く金田一。しかしその間に砂占いに出た火焔太鼓のような模様に、家族の一部のものは深刻な表情をみせます。そしてその夜、椿子爵と思しき男が、子爵のフルートを持って屋敷に出現します。翌朝、椿邸に居候している玉虫公丸元伯爵が、何者かによって殺害されているのが見つかります。これが世にも陰惨な連続殺人の幕開けとなるのでした…。

天銀堂事件

この事件は、宝石店「天銀堂」に「保健所から伝染病予防のために来た」と称する男が、店員全員に毒薬を飲ませて殺し、宝石を奪った事件です。実在の事件である帝銀事件をそのまま借用しています。また、帝銀事件は捜査にモンタージュ写真を用いたことでも知られていますが、その点もこの作品に取り入れられています。

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登場人物

椿家
椿英輔(つばきひですけ)…椿家当主で元子爵。約半年前に自殺。
椿秋子(つばきあきこ)…英輔の妻
椿美禰子(つばきみねこ)…英輔の娘。金田一に依頼した張本人。
お種(おたね)…椿家女中
三島東太郎(みしまとうたろう)…椿家書生、英輔の旧友の息子
信乃(しの)…秋子の乳母
目賀重亮(めがじゅうすけ)…秋子の主治医
新宮家
新宮利彦(しんぐうとしひこ)…秋子の兄で元子爵。
新宮華子(しんぐうはなこ)…利彦の妻
新宮一彦(しんぐうかずひこ)…利彦の息子、美禰子の従兄
玉虫家
玉虫公丸(たまむしきみまる)…秋子、利彦の伯父。元伯爵で元貴族院議員
菊江(きくえ)…公丸の小間使いで妾
河村家
河村辰五郎(かわむらたつごろう)…植木職人。空襲で亡くなっている。
河村駒子(かわむらこまこ)…辰五郎の娘。出家して尼になっている。法名は妙海。
河村治雄(かわむらはるお)…辰五郎の養子。現在行方不明。
河村小夜子(かわむらさよこ)…駒子の娘。戦時中に自殺。
飯尾豊三郎(いいおとよさぶろう)…天銀堂事件の最有力容疑者。

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概要

この小説は、昭和26年11月から昭和28年11月まで、探偵小説雑誌「宝石」で連載されていたものです。戦後の混乱の時期の、貴族の没落やインモラルな性描写を濃厚に示した作品となっています。「帝銀事件」や太宰治の「斜陽」などの要素を取り込み、横溝が得意とした田舎の因習とはまた違った陰惨さや、本格ミステリーの定番である「密室殺人」を採用し、他の作品とは異なった雰囲気をかもし出している作品で、作者の人気作品のひとつとなっています。作者はこの物語を「金田一もの自選ベスト10」の6位に推しています。

制作秘話

横溝正史が雑誌「宝石」の求めに応じて本作の第一稿を書いたのは昭和26年9月のことで、完結篇を書き上げたのは2年後の昭和28年9月のことでした。この小説が完結するまでにまる2年と1ヶ月を要したのは、「宝石」に合併号が出たり横溝が病気休載したことからで、このため連載回数は計21回とかなり長いものになりました。横溝によると、本作のテーマの胚種が頭に芽生え始めたのは昭和23年に岡山の疎開地から帰って間もないころのことだそうです。このとき既に「宝石」の誌面上で「落陽殺人事件」という題名で予告を行っていましたが、うまくまとまらなかったため連載とまではなりませんでした。その後もあたため続けていたこのテーマが形になり始めたのは昭和26年の夏のことでした。その頃、暑さを凌ぐために横溝は硝子戸を開けっ放しにして物思いに耽っていました。すると、夜毎フルートの音が聞こえてきたそうです。家人に聞くと「隣家の植村さんの御令息・泰一君が練習していらっしゃるのだ」ということでした。横溝はこのフルートの音色にすっかり魅了されたのだそうです。そして、このフルートの音と「落陽殺人事件」のテーマを結びつけることを思い立ったのだそうです。

右手と左手の間違い

テーマが決まった際、横溝は息子の友人でフルート作曲に興味を持っている笹森健英氏に来てもらい、フルートの知識を色々と教えてもらいました。また、横溝は笹森氏に「悪魔が来りて笛を吹く」の曲を作曲してもらって、適当なところで譜面を挿入するつもりでいました。しかし横溝はフルートについてとんでもない錯誤を演じてしまい、しかも雑誌連載中にそこを訂正すると、いっぺんにトリックが暴露する恐れがあるので、結局譜面の挿入は見合わせることとなりました。この「とんでもない錯誤」というのは右手と左手を間違って書いてしまったことです。笹森氏に作曲を依頼した際、「右手の指二本ないんじゃ作曲しようがない」と言われてしまい、随分がっかりしたと後に語っています。その後この部分は単行本化にあたって訂正されましたが、結局譜面の挿入は諦めています。

感想

金田一シリーズが大好きな私は、この本を高校生くらいのときに読みました。そのときは登場人物の複雑な関係に追いつけず、いまいちきちんと理解出来ていなかったように覚えています。大人になってから改めて読むと、「読者の心を不快にする」と書かれている通りの内容で、救いがなく、暗く、人間というのはつくづく「悪魔」だなと感じさせられて憂鬱になりました。ですが相変わらずの金田一のうっとうしさや、美禰子の芯の強さなどには心惹かれるものがあり、陰惨なストーリーの中にもちょっとした光を見つけることが出来るのがよい点でした。連載から50年以上も経過しているにも関わらず、まったく古くささを感じさせない作風はさすがです。金田一シリーズのなかでも名作といえる一冊だと思います。